AI時代の銀行との付き合い方について

AI時代の銀行との付き合いについて
三菱UFJ銀行がサカナAIと共同で、AIエージェントを使った融資稟議書の作成支援システム「AI融資エキスパート」の実証実験に入るというニュースが報じられました。2026年4月以降、一部の営業店で実案件での検証を始めるとのことです。
このニュースを見て「AIが融資の”判断”をする時代が来る」と感じた方もいるかもしれません。
しかし元銀行員の立場から申し上げると、このニュースが示しているのは違います。
AI時代だからこそ、企業側が金融機関に対して事業内容や成長戦略、今後の財務を「正しく」説明する資料の重要性が増すということです。
1.AIが稟議書を書くということは、「情報の質」が審査結果に直結する
このシステムは企業の初期分析から財務シミュレーション、稟議ドラフトの作成まで一連のプロセスを支援するもののようです。
もちろん、AIは「無」から稟議書を書くわけではありません。
企業から提出された資料と、銀行員が現場でヒアリングした内容がベースです。
(ヒアリングもAIが指図する時代になるかもしれませんが)
つまり企業側の資料の質が低ければ、稟議の質も低くなる。
事業内容や構造、将来キャッシュフローの見通しが明確に整理されていれば、AIは精度の高い稟議を作成し、融資が通りやすくなります。
人が読む時代よりも、AIが読む時代のほうが「企業としての本質的価値をどう伝えるか」が問われるのです。
2.整理されていない情報は、AI時代ほど「マイナス」に働く
これまでの融資審査では、企業から渡された情報が多少バラバラでも、銀行の担当者が頭の中で整理し、足りない部分は電話や面談で補完してくれていました。
決算書と事業説明を口頭でとりあえず説明しておけば、あとは担当者がうまくまとめてくれる。
そんな経験をされた経営者も多いのではないでしょうか。
しかしAIが稟議書を作成する時代では、この「とりあえず渡す」が通用しなくなると考えています。
AIは渡された情報をそのまま構造化し、矛盾や不足をそのまま稟議に反映します。
人間の担当者のように「おそらくこういう意味だろう」と善意で解釈してはくれません。
例えば——
- 事業計画の売上見通しと人員計画の整合性が取れていない
- 設備投資はあるが、その投資がどの事業の収益にどう貢献するかの説明がない
- この業種でこの利益率は本当に達成可能なのか
- 売上の成長率に対して利益率の伸びが低い、非効率な投資ではないか
- 資金使途とバランスシートの変動が整合しない
これまで関係性や口頭のフォローで補えていた「資料の粗さ」が、AIの目を通して容赦なく可視化される時代が来るということです。
こうした情報の抜けや矛盾は、AIの分析において即座にリスク要因として検出されるでしょう。
整理されていない資料は、AIによって「経営者は自社の状況を把握できていない」という評価につながる可能性もあります。
矛盾が多い資料を元にした融資審査は当然に進まず、謝絶ということも十分あり得る話になってしまうのです。
銀行員の良し悪しよりも、企業の努力が求められる時代に入ったということです。
3.担当者が来る回数は減る。だから「質」が勝負になる
AI稟議の話は、まだ実証実験の段階です。全国の銀行に広がるには時間がかかるでしょう。
しかし、もうひとつの変化はすでに起きています。
銀行の営業担当者が一社に割ける時間が明らかに減っているということです。
メガバンクも地方銀行も、店舗の統廃合と人員削減が進んでいます。
担当者一人あたりの取引先数は増える一方です。
AIで稟議作成が効率化された分、「もっとお客さまのところに行ける」と銀行は言うかもしれません。
しかし現実には、一社あたりの面談時間が増えるのではなく、同じ時間でより多くの先を回せるようにする、という方向に経営は動いていくと思います。
そうなると、担当者が取引先と会える回数や時間は限られる。
その限られた接点の中で、担当者に「何を伝えて、何を持ち帰ってもらうか」が、そのまま稟議の質に直結することになります。
ここで差がつくのが、企業側の準備です。
担当者が来るのを待ち、聞かれたことに口頭で答えるだけの企業。
一方で、面談前から整理された資料を渡し、「ここを見てほしい」「この数字の背景はこうだ」と伝えられる企業。
どちらの企業の情報がAIに良質なインプットとして入るかは明白です。
AIの普及を待つまでもなく、この変化は今この瞬間に起きています。
限られた接点の質をどう上げるか。それが融資の成否を分ける時代に、すでに入っているのです。
4.融資は「今までのお付き合い」では決まらなくなる
融資審査はAIの導入で標準化が進みます。
これまでは担当者との長い付き合い、支店長との関係性、過去の取引実績といった「人と人のつながり」が融資判断に少なからず影響していました。
もちろんそれ自体は今後も大切ですが、AIが稟議書を作成し、データをもとに分析する時代では、人と人との関係性だけで融資が通ることはなくなっていきます。
5.元銀行員の私たちだからこそできること
では企業はどう対応すべきか。
銀行がどのような視点で企業を見ているかを理解した上で資料を作ることに尽きます。
審査部がどの数字を重視するか。
稟議書にどんなストーリーが求められるか。
財務シミュレーションのどこに穴があると指摘されるか。
これは銀行の内側にいた人間でなければ分かりません。
銀行側がAIで武装するなら、企業側も「銀行の目線」を持った専門家と組んで準備をすべきです。
- 事業内容を銀行に分かる粒度でかみ砕くこと
- 固定費と変動費を分解した現実的な計画
- キャッシュフローベースの返済原資の明示
これらは融資審査の本質であり、AI時代でも何一つ変わりません。
銀行の審査視点に沿った構造と表現になっているかどうか。
言い換えれば、「担当者が稟議書にそのまま使える形」で書かれているかどうかです。
銀行が見ているのは数字だけではありません。
その数字をどう捉え、どう説明し、どういうロジックで将来を語るか。
つまり「経営者がどれだけ自社の状況を正確に理解しているか」を、資料の表現から読み取っているのです。
企業の未来を伝えるのは、経営者の言葉だけではありません。
数字に裏打ちされ、銀行の目線で書かれた戦略資料です。
日々のコミュニケーションと、それを裏付ける資料や銀行との関係づくり。
そのお手伝いをぜひお任せください。